算命学の創始者とされる鬼谷子

算命学の創始者とされる鬼谷子について調べました。

鬼谷子(然403~全256年)は、今から2300年あまりまえの戦国時代、揚子江流域の楚の国に生まれました。

本名を王翻(おうく)と言われました。

「頴川(えいせん)の陽城に鬼谷あり、蓋(けだ)し是その人のおりし所、よって号となす。」と記されています。

鬼谷という地にいらっしゃった大学者、大先生であったので、『鬼谷子』と呼ばれたということのようです。

(『史記』の註、徐廣の『音義』より)

東、斉に師事して、鬼谷先生に習ふ。

(『史記』(蘇秦伝)より)

かって蘇秦とともに鬼谷先生につかへて、術を学ぶ。

(『史記』(張儀伝)より)

当時、春秋戦国時代の秦が生まれる時代、論客、兵法家として有名な蘇秦、張儀の師匠であった、ということであります。

晋・宋・斉・梁の際に、『鬼谷子』(三巻)があったことは、晋に皇甫謐(こうほひつ)や楽壹(がくいつ)の注釈があり、梁に陶弘景(たうこうけい)の注釈があったことから推しても確実であり、『鬼谷子』の内容が蘇秦伝と符合することから推察して、蘇秦の撰著と見なすべきである。

(『国訳漢文大成』(経子史部第十巻)の中の『国訳鬼谷子』より)

鬼谷子の自然観・倫理観・人間観は、春秋時代(前770~前400年)の老子の玄学思想と面々相通じ、かつ兵学思想は孫子と相通じ合うものであったようです。

『鬼谷子』は指南の車に乗るとあり、方位磁石を使用していた、ともあります。

その思想は、陰陽の和合を持って、天地陰陽の道であり、人に説く法則、教えである。

これが、すべての物事の覚るべき道、先見の明の道である、と説かれています。

それは、耳や目などの感覚器官にとらわれることなく、それを乗り越えて、心眼によって機(=機微。表に現れない幽玄微妙な動き)を知ることが必要である。

そして、人や物事の吉凶の先見、行く末を、心眼によって洞察し得る者は、その行く末は軽々しく言葉に出すべきではない、とあります。

(参考文献:象学・運命の構造、平河出版社)

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