本日は師範科の講義でした。

暦のお話しをしました。

故高尾宗家といっしょに講義された、昭和54年当時、東京学芸大学の島村福太郎教授の、暦の講演です。

■【昭和54年4月21日 午後1時半】

東京学芸大学 島村福太郎

・暦 こよみ ← 日読み or 精読み という概念であった。
・天文の観察から始まっています。

古代王国が大河流域に定着し、農耕を営み、これによって国が成り立っていた。(中国、インド、エジプト、バビロニア)
農耕における穀物の収穫が重要であったため、1年の季節を観察し始めることとなります。この季節の観察者を、王と直属の神官が、学者、僧侶の役割をなして、1年のいとなみの役割を支持した。
■暁典【書経】

・観象授時

天象(天文)を観測して時(こよみ)を授けよ(おふれをせよ)
授時暦という暦の名前がつけられた。
・天行健

易経の初めの部分に書かれている。
天体の運行は健全なり。

1年の自然現象が季節を表し、時間を表す。これが暦として機能した。
しかし、自然現象にはくるいが生じ、検討するしかできなかった。
そこで、季節の変化と共に時間把握の必要上、天体観測がなされるよう
になった。
・聖天子

聖:日を知るという意味が隠されている。
・暦の基準

いつでも、どこでも、誰にでも、という普遍的法則が求められた。
どこでも、誰にでもが、親近感のある暦で、わかりやすく著わされる
必要があった。

普遍的法則   (いつでも、どこでも)
親近感、顕著  (誰にでも)
恒常性、持続性 (いつも)
一定の周期   (繰り返す)

暦が性格を兼ね備えた。自然現象として天象に限られてきた。

現代の時間は、原子時計があるが、万民のための親近感、顕著性がない。
・堯天ノ四ツノ仲星

時間を読み取るのに堯天は四種類の星で仲(あてる)たる。
時間を読み取るのに便利なものとして、日月星辰を使う。

日:太陽
月:月
星:木星、火星、土星、金星、水星
辰:星座

・夏至の見分け方

昏火(コンカ)中昼最長
たそがれにさそり座の心臓の星(大火星)が南中する時、昼が最も長い。

・冬至の見分け方

昏昴中昼最短
たそがれに昴座(すばるざ)が南中する時、昼が最も短い。
※ 大火:鳳閣星の名前
このような見方は、エジプトでは大戌座のα星 がシリウスの名前がつ
けられた。中国では、天狼星の名前がついています。
■算命学【処世学】

・殷帝国時代に成立(今から4,400年~4,500年前)

仰詔文化、龍山文化ともいう。 (参考:殷帝国 著書:海塚としお)
天文、暦日が成立

殷の時代の帝王の名前のつけ方。

27代 庚丁
28代 武乙
29代 太丁
30代 帝乙
31代 帝辛

十干の名前をつけたことが伺える。前の代の帝王を乗り終えるときは、次の代は、剋す干を名前につけた。
・殷帝国時代の文化の特色

・陰陽思想
・五行思想
・十干十二支

殷帝国時代の陰陽学が算命学の起源である。

31代 帝辛が最後の帝王。次に周の時代が来る。
■【周の時代】

道教 老子が現れる(中国思想の元祖)
儒教 孔子が現れる。

仏教 インドのゴータマ・シッダールタ(釈迦)によって始まる。
東南アジアの南伝仏教となり、小乗仏教(密教)となる。
修行主体の仏教

チベット・中国経由の北伝仏教が大乗仏教。
大乗仏教と一緒に道教が日本に入ってくる。
■【儒教】

孔子に始まり、易経の思想に取り込まれ、道徳学となる。
■【仏教】 (※ 五大について一部、観山素至命補足)

仏教は五行が五大となり、地水火風空となる。
五行は平面、五大は縦に並ぶため、次元、意識の境地となる。
五大と五行の相似性(中国で五大を五行に置き換えた。)

地:土性
水:水性
火:火性
風:金性
空:木性

仏教の寺にある五輪塔は、下から地水火風空となっています。

次元の上昇を現し、次元が上昇にするには、剋し、乗り越えていかなけれ
ばならないことを現しています。
(地水火風空は、土剋水、水剋火、火剋金、金剋木の順番で下から上に重
なっています。)
五大は次元上昇の中で、魂が高まる境地を表す。

空:木性 すべての囚われから離れた空の境地
風:金性 淘汰された気、浄化された気、因縁を浄化させた境地
火:火性 エネルギー、生命エネルギーの根源を把握した境地
水:水性 大地の上にある生命を育む気に共鳴した境地
地:土性 大地、現実、形ある存在に囚われていることを理解した境地
■【道教】

道教は東洋医学の元祖、原理の思想を作り出す。
その思想は功利主義。

算命学は陰陽学となって、道教の中で生きつづけた。

道教の、生きている人間の功利主義の追求が、陰陽学と結びつき、取り込
んでいった。道教の寺を道観寺というが日本にはありません。道教の僧侶を
道士という。女性は女冠といった。
・思想    基礎学問

・方術    陰陽学(臨床的検証がなされた)

・医術    上・中・下の段階があった。

・符(符録) 護符の世界、邪気、鬼神、気を操作する手段となった。

・神仙    不老不死となって、心身を神仙界に入る修行となる。
山は常世の国とつながるという考え方があり、蓬来山という言葉もある。

 

■【道教の分裂】

・道教の分裂

・成立道教(思想、方術、医学)
貴族の中でもてはやされた。
老子の思想の立証部門を、道士(道教の僧侶)である鬼谷子が成した。

・民衆道教(符、神仙)
儒教が漢の国学になると、道教は五つに分裂してしまった。
・宋の時代

宋の時代に入って、算命学が星占いとして世に出てくる。
宋の時代における方術(陰陽学)が三派に分裂する。
・方術

・干支学
・暦術
・呪術

日本では江戸時代の文化年かんに干支の暦が残っている。
長崎に伊達藩の桜田虎門が淵海子平を訳し、京都の安部清明を元祖とする土御門家が守り続けた。
■【南伝算命学】

・江湖算命(こうこさんめい) 十二大従星のみで占う。
・桃花算命(とうかさんめい) 生まれ年のみで占う。

(※ ここから、観山素至命補足)

算命学13代宗家、高尾善政の師匠は、中国文化革命で長崎に亡命した呉仁和(ごじんわ)は、長崎で占いをしていたが、それを経済的に応援したのが、長崎の材木屋であった青木家(高尾善政の生家の名字)であった。その御礼に、青木家の次男に算命学を幼少期より教えたとされている。

呉仁和には、兄弟弟子がいて、呂という方であったとされ、台湾に亡命した。呂道士に教えを受けた日本人が、西川満氏である。西川氏は、自分が学んだ算命学を弟子に教えず、亡くなった。

伝え聞いた話によると、台湾算命は、宗教色が強く、運命の開運には先祖供養が重要視されたという。道教の符、神仙が残されていた可能性がありますが、今となっては知るすべがありません。