算命学16元法について
算命学16元法について質問を受けました。
内容は以下の通りです。
ご質問させていただきます。
最近、ある算命家のブログ(この記事自体は2012年書かれたものですが)に「十六元法は昭和50年代に高尾宗家が捨て去ったものでる。」
ということが書いてあり、暗に観山先生を批判していると思われる記事を読んだのですが、昭和50年代は高尾宗家が「原典算命学大系」を発刊された年で、私はこの「原典算命学大系」を持っていませんがある人から見せていただく機会があって、確か11巻の後書きに算命学全体の学問体系図が書いてありその中の運命編の所に「内法十六元の成立、外法二十三元の成立」との記述があったように記憶しています。
(ですから高尾宗家が十六元法を捨て去ったと言うこの算命家の記述には納得がいきません)
私はこの「内法十六元、外法二十三元」が何なのかを知りたくネット検索をしている中で観山先生のホームページに出会い通信講座の受講を決心致しました。
その関係上、「捨て去った」と言うことについては些か気になっています。
このようなブログ記事を読んだからと言って先生に対する信頼は揺らいでおりませんが、可能な範囲で先生のご見解を賜ることが出来れば大変有り難いです。
ご質問に対するお答え
確かに、「原典算命学大系」11巻の後書きに、
算命学の構造・運命篇の下に「内法十六元、外法二十三元」という文字が記載されています。
私は、元来、自分に対する批判、中傷は無視するスタンスを貫いています。
ネット世界は、それを否定すると、輪をかけて批判、中傷してきます。
しかし、私の生徒、関係者に迷いや迷惑がかかる場合は、それを正す必要があります。
先ず、一般論としてのお話です。
“人は、自分が学んでいないこと、知らないこと”
については、そのこと事態、存在そのものを否定する人たちがいます。
自分が学んでいない、知らないので、存在しない。
というスタンスを取ろうとします。
さて、昭和の算命学の歴史を振り返る必要があります。
もとを正すと、算命学が二派に分裂したことが原因です。
本流と言われるグループと本流から外れたと言われる算命学の学校です。
この2つが分裂するとき、ちょうど、その場、その時代に遭遇していました。
全ての算命学受講生が、ある会館に集められました。
高尾宗家と私が学んだ学校の校長が壇上に居ました。
高尾宗家が、「算命学会を作ります。算命学会の下、荘学院を作ります。算命学会の下、荘学院と朱学院は対等であります。」
と、述べられました。
その後、朱学院の校長が壇上に立ち、「朱学院と算命学会は対等の立場であります。」
と、述べられました。
この瞬間、
「あ、算命学会(高尾宗家)と朱学院は分裂した。」
と、悟りました。
その場で、梅花心易を立てました。
朱学院に残って吉?
“天火同人の五爻” 火剋金 大吉 赴卦は “離為火” 火性の比和 大吉
そこで、朱学院に残ることにしました。
天下同人は対等、平等であるという意味です。
離為火は離れる、という意味です。
朱学院は高尾宗家から離れました。
その後、朱学院の生徒に声がかかり、引き抜きが発生しました。
私も声がかかりましたが、私は行きませんでした。
教室の生徒が半分以下に減ったのを記憶しています。
こういうことは遺恨を残すものです。
そこで、私は6期生でしたが、それ以前の生徒を集めて1クラスになりました。
それから、朱学院の校長が算命学の秘伝、想定法の伝授が始まりました。
当然、高尾学館の講師は想定法を知っているものと思って、30年近く見守ってきましたが、想定法を高尾宗家から伝授されている様子はなく、伝授される前に宗家が亡くなったと思っています。
たぶん、朱学院の佐藤校長にだけ、高尾宗家が伝授されたのではないか、と思える節があります。
さらに、当時の高尾学館の師範のなかには、朱学院の佐藤校長から算命学の基礎を伝授された人達もいるということが分かりました。
算命学の秘伝、想定法は、算命学の奥義です。
この秘伝は、朱学院にのみ伝わっています。
佐藤校長以外で想定法について述べているのは、伝習院の野島先生の本に、五原則・五環境という技法があるくらいです。
五原則・五環境は、朱学院では学んでいません。
五原則・五環境は、亡くなられた八木橋先生がラジオで話されたのを記憶しております。
その他の想定法は、本流のなかには見出していません。
話を戻して、高尾系の師範代の人たちは、想定法を伝授されていないと思っています。
間違いでしたら、そういう方がいらっしゃったら、メールくだされば訂正します。
ある算命家の方というのは、「学んでいないので存在しない。」と、否定しなくてはならないのではないでしょうか。
内法16元法は伝習院の教科書にも、書いてあります。
内容は、私のサイトを見てください。
外法23元法については、これが外法です。
と、伝授された人の話を聞いたことがありません。
朱学院でも、これが外法である、という話は承っていません。
ただ、私が30年前、高尾宗家の講演会で、外法二元平衡法という講義がされました。
この技法は私のノートにもあり、他の算命学の先生も才能占技、子育て教育法で使われています。
外法二元平衡法は、想定法の一種というのは理解しています。
そこで、外法という占技は、想定法のことではないか、という仮説を立てています。
私がノートをひっくり返したところ、想定法は23個以上ありました。
ちなみに、宗家の本のどこかに、外法とは、算命学の占技を覆う思想部門で、この思想を学ぶことで、占技の心得、自分の次元を上げる・・・等が書いてあったと思いますが、どの本のどこにあったか記憶が定かでなく、手持ちの本をひっくり返さなくてはなりません。
なお、(仮説算命学外法の)想定法は師範科で学びます。
すでに、師範科を卒業した受講生もいます。
私は、想定法が算命学の奥義として非常に重要であり、星を使わない運命を想定する理論が想定法ですので、大いに役立っており、受講生に伝授しています。
そして、私の教室に学びに来られる受講生に対しては、師範科において想定法を伝授します。
算命学「内法16元法」は、算命学13元法まで、通信講座および吉祥寺教室にて講義しています。
仮に、高尾宗家が高尾学館の生徒に算命学「十六元法は昭和50年代に高尾宗家が捨て去ったものでる。」とするなら、別にそれでも私は一向に構いません。
私の算命学に対する心は一切揺るぎません。
そして、その人たちは、想定法を存在しないものとして使わなければ良いのです。